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福岡高等裁判所 昭和34年(ナ)12号 判決

原告 尾方勉 外一名

被告 熊本県選挙管理委員会

補助参加人 高山秀延

主文

昭和三四年四月三〇日施行の熊本県人吉市市議会議員選挙に関し訴外高山秀延が申立てた訴願につき、被告が同年八月二〇日なした裁決を取消す。

原告高島茂の請求を棄却する。

訴訟費用中原告尾方勉と被告間に生じた部分は被告の、原告高島茂と被告間に生じた部分は同原告の負担とする。

事実

原告尾方勉訴訟代理人は主文第一項同旨の判決を求め請求原因として次のとおり陳述した。

一、同原告は熊本県人吉市市議会議員の選挙権を有し、昭和三四年四月三日施行の同市市議会議員の選挙に際し候補者となつた。

右選挙の結果同原告は五三五、七二票の有効投票を得、最下位当選人高山秀延の有効投票は五三六票とされ〇、二八票の差をもつて次点者と決定された。そこで同原告は同年五月四日熊本県人吉市選挙管理委員会に対し右選挙の当選の効力に関する異議の申立をした結果、同委員会は同月六日当選人高山秀延の有効投票中他候補者(田山芳幸)の有効投票となすべき一票を減じたため同原告を当選人と決定し同月七日その旨告示した。しかるに被告委員会は、右決定に対する高山秀延の訴願に基ずき同年八月二〇日前記人吉市選挙管理委員会の決定を取消す旨の裁決をした。右裁決によると、同原告の有効投票中「尾方弘」(検証調書添付写真―以下単に検という―第二八)と記載された投票を無効投票とし一票を減じたもので、同原告の有効投票は五三四、七二票とされた。

二、しかしながら (1) 右投票は同原告の有効投票と認定すべきである。同原告の名「勉」は発音「ツトム」であり、「弘」は「ヒロム」と読むのが通常であり「ツトム」と「ヒロム」とは音読の上で混同しがちであり、裁決によると、「勉」と「弘」とは発音字形ともに類似せず他に候補者「広田弘」があり、尾方勉と広田弘の氏と名を混記したもの(被告は「弘」を「ヒロシ」と読み「ヒロム」と読んでいない)というにある。しかし、同原告は日常氏をもつて呼称とし、名をもつて呼ばれることはなく、居住の下原田町内の宴会などでは年寄などから「ひろむ」さんと誤つて呼ばれることもあり、ために郵便等も名にあつては種々雑多で現に「尾方弘」と書かれた葉書(甲第一号証)もあり「尾方弘」と記載した投票は「尾方勉」の誤記と判断すべきである。また「勉」の文字は一見簡単に思われるが、よく「勉」と書かれ文字に慣れない者は「」「」「」等に書いており、これらは日常よく見うけるもので甲第二号証の一、二、三、四の原告宛葉書によつても明らかである。

三、右選挙の投票中無効投票とされたもののうち同原告の有効投票と認定すべきものがある。

(2) 「緒方力」と記載した投票(検第一二)は同原告の有効投票である。右選挙の候補者中「緒方政義」がいたが、同人は選挙運動に際し数回車の上から「おがたとは同姓の人が二人立候補しているから、かならずおがたの下に「ま」とか「まさ」と記入してくれ」と呼びかけていた。そのため緒方政義の得票中には「尾方」と書いて下に「ま」或は「まさ」等記入した投票が二〇〇票近く混入していて、これらはすべて緒方政義の有効投票とされた。したがつて緒方と記載してあつても「ま」或は「まさ」等の記入がない以上必らずしも緒方政義と解すべきではなく、尾方の誤記とも解しうるのであつて、「力」は「ツトム」と読むべきであり原告の名「勉」と書くつもりで「力」と誤記したものと判断し同原告の有効投票とすべきである。

(3) 「」(検第一四)

(4) 「」「」

等記載された投票は無効投票とされたが、これらは文盲者がにわかに文字を習つて投票したもので、右投票はいずれも「オガタツトム」と書くつもりで稚拙のため明瞭に記載しえず誤脱或は誤記したもので同原告の有効投票と認むべきである。

四、最下位当選者とされた高山秀延の有効投票とされたもののうち、左記のものは無効投票と認定するのが相当である。

(5) 「タカカマ」(検第三一)と記載された投票は、他に「釜門十」「高島茂」「高橋勇」なる候補者があつて、右候補者三名(高山秀延、高島茂、高橋勇)中の「タカ」と釜候補の「カマ」と混記されたもので無効投票である。

(6) 「タカナマ」「タカヤス」と記載された投票は他の候補者高島茂、高橋勇の「タカ」と上の二字を同じくするから、高山秀延と高島茂のいずれになされた投票か決定しがたく無効投票と認むべきである。

(7) 「」(検第三五)「」(検第四五)「」(検第三八)「」(検第三七)「」(検第四一)「」(検第四三)と記載された投票は前三者は他事記載の投票、第四のものは四字中後の二字は判読不明、第五と第六のものは高山秀延候補者に対するものと判読しがたいもので、いずれも無効投票と認むべきである。

以上の次第で同原告の有効投票は五三九、七二票となり、高山秀延の有効投票は五二七票となつて原告が当選人となるべきであるから、この趣旨の訴願を棄却した被告の前記裁決は取消さるべきであると述べた、(立証省略)

原告高島茂は「被告が、昭和三四年四月三〇日施行の熊本県人吉市市議会議員選挙に関し同原告がなした訴願につき同年八月二〇日なした裁決を取消す、訴訟費用は被告の負担とする」旨の判決を求め、請求原因として次のとおり陳述した。

一  同原告は前記市議会議員選挙に立候補し、選挙の結果五三二票の有効投票を得たが、無効投票とされたもののうち同原告の有効投票とすべきものがあつて当選人となるべきであるから、これにつき同市選挙管理委員会に異議の申立をし、ついで被告委員会に訴願したが棄却の裁決があつたので、これが取消を求める。その理由は次のとおりである。

二  次の投票は同原告の有効投票とすべきである。

(8) 「」と投票用紙にさかさまにして記載された投票(検第一〇)は、「ク」は「タ」の、「ン」は「シ」の、「」は「マ」の誤字でいずれもそれぞれ「タ」「シ」「マ」と判読できるもので右投票を「タカシマ」と判読し、同原告の有効投票たること明らかである。

(9) 「」(検第三)「」(検第四)「」(検第八)「」(検第五)と記載された四投票はいずれも真面目に記載されたもので、選挙人の意思を尊重し、運筆、個々の文字の位置より判定して候補者のいずれかになされた有効投票と解すべきである。ところで通常「タカハ」と記載しあれば、前記選挙における候補者高橋勇に対する有効投票と解すべきところ「タカシ」とある以上原告高島茂に対する有効投票、すなわち「タカシマ」と書くつもりで「マ」の字を誤脱したものと判読すべきである。かりにしかく判読できないとしても、同原告と高橋候補者のいずれかに投票された有効投票として公職選挙法六八条の二により処理さるべきである。

(10) 「」と記載しある投票(検第六)は「ン」は「シ」の、「」は「マ」の誤記であつてそれぞれ「シ」「マ」と判読すべく、且つ、「カ」の字を誤脱したものと解し、「タカシマ」と読んで、同原告への有効投票とすべきである。

三  同選挙における候補者で当選人となつた田山芳幸に対する有効投票とされたもののうち、左記のものは同原告への有効投票と認むべきである。

(11) 「」(検第一六)「」(検第一八)「」(検第二〇)「」(検第二二)「」(検第二三)「」(検第二五)と記載された六票は「タヤマ」と判読するのは相当でなく、むしろ「タカマ」と読み、「シ」の字を誤脱したもの、すなわち「タカシマ」と読み、同原告の有効投票と認むるのが相当である。かりにしからずとするも、同原告と田山候補のいずれかに投票せられた有効投票として公職選挙法六八条の二により処理さるべきである。

四  原告尾方勉が自己の有効投票と主張するもののうち前記(2)の投票は同原告の有効投票とすべきものと解するが、(1)及び(3)の投票は同原告の有効投票と解することはできない。

以上の次第で、原告高島茂の有効投票はその有効投票とされた五三二票に加うるに前記一二票が加算されるべきであり、前記(9)の投票及び(11)の投票を同原告主張の如く按分するときは少くとも五三五、六一票となるから、この趣旨の訴願を棄却した被告委員会の前記裁決は取消を免かれない、と述べた(立証省略)

被告訴訟代理人及び被告補助参加人は「原告等の請求をいずれも棄却する」旨の判決を求め、答弁として次のとおり述べた。

被告代理人の答弁。原告尾方勉関係について。請求原因一の事実は認める、同二ないし四の事実はすべて否認する。すなわち、

(1)の投票について。およそ人名の「弘」をヒロシと発音すること及び名を称呼する場合必らずしも氏のみをもつて称呼するとは限らず、相似た氏名の複数存するときは、氏名を称呼することによつて他と区別することは経験上明らかである。本選挙には広田弘なる候補者があつて、「勉」と「弘」とでは発音字形とも類似せぬところから、右投票は原告の「勉」を「弘」と誤つたものか広田弘の「広田」を「尾方」と認つたものか判定できないものであつて、原告と広田弘の氏名を混記したもので無効である。

(2)の投票について。その筆跡からみて文字に対する能力あることが窺われるし、ある程度達筆で記載されている点から考えて文字に不馴れな者の記載とは解せられず、かかる文字を書くことのできる選挙人が原告に投票する意思をもつているとすれば、尾方を「緒方」と、勉を「力」と誤記するとは考えられないし、他に候補者緒方政義がいるので、この投票は緒方政義と原告尾方勉のいずれを記載したか確認できない投票として無効である。

なお、他に「緒方勉」とあるのを原告に対する、また「尾方政義」とあるのを緒方政義に対する投票として有効と認めたとしても、いずれも氏の呼び方が同一でそれぞれ氏名に近似する点から勉又は政義に投票したものと解することが投票者の意思を尊重するゆえんであるけれども、氏名ともに原告とは異る該投票は第三者の記載として無効投票と解すべきである。

(3)の投票について。第一字目は明らかに「オ」と判読され、第二字目は「ガ」と判読できないことはないが、第三及び第四字目は判読できない。したがつて、この投票は候補者の何人を記載したか確認できない投票として無効である。

なお一歩譲つて頭文字が「オガ」のつく氏又は名の補候者は、原告及び緒方政義の両名がいるのでこの投票は「オガタ」と記載したものと認め、公職選挙法六八条の二の規定を適用しても高山秀延の当選の効力には影響はない。

(4)及び(6)の投票はいずれも存在しない。

(5)及び(7)の投票はいずれも高山秀延候補者に対する有効投票である。

原告高島茂関係について。請求原因一の事実は認める、二及び三の事実は否認する。すなわち

(8)の投票について。この投票は原告高島の「タ」を「ク」と、「シ」を「ン」と誤記したものか、或は、候補者高山秀延の「タ」を「ク」と、「ヤ」を音律に近い「ン」と誤記したものか俄かに判読できないので、候補者の何人を記載したか確認しがたい投票として無効である。

(9)の四投票について。これらの投票はすべて「タカシ」と判読できるところ、本件選挙においては候補者高橋勇がいて、同候補者に投票したものとすれば「ハ」が遺脱し、原告に投票したものとすれば「マ」が遺脱していることとなり、そのいずれに投票したものか区別できない。したがつて候補者の何人を記載したものか確認しがたい投票として無効である。誤字脱字のある投票は、何人を記載したか確認しがたい場合を除いて有効となるものであつて、誤字脱字ある投票をすべて有効投票と判読すべきものではない。また、公職選挙法六八条の二の規定は、本来ならば同法六七条七号により無効とされなければならない投票にかかわらず、同一の氏名、氏又は名の候補者が二人以上ある場合には、その氏名、氏又は名のみを記載した投票を有効とするという法意である。したがつて本条の規定は、あくまで同一の氏名、氏または名の候補者が二人以上現存することが前提であり、原告が主張するように単に二人以上の異つた氏名、氏または名の候補者に共通する文字のみを記載した投票の場合には、これらの候補者等に対し本条を適用することは許されない。このことに関する判例もこの趣旨であつて、たゞ、氏名、氏又は名というものは必らずしも戸籍上の氏名等に限らず、通称であつても同一であれば適用できるということであつて、原告の主張にそうような判例はないのである。

(10)の投票について。他に候補者田山芳幸があつて、「タヤマ」と記載すべきところを「ヤ」を「ン」と誤記したとも考えられ、且つ、仮名書した場合には三字であるところから原告の主張は理由なく、むしろ公職選挙法六八条七号の候補者の何人を記載したか確認しがたい投票として無効である。

(11)の投票について。これらの投票は候補者田山芳幸に対する有効投票と解すべきである。同候補者の氏を仮名書すると「タヤマ」であり、「ヤ」が「カ」と読むべきかは「ノ」の線を左右に引くことによつて変化する微妙なもので、且つ、すべてのこれら投票が拙字で記載されていることからしても、この程度の誤字が生ずることは充分考えられるので、本投票はすべて田山芳幸の有効投票と認むべきものである。またこれらの投票について「タカマ」と読み、原告と高山秀延候補者との間に同法六八条の二の規定を適用すべきであるとの原告の主張が理由のないことは、前記(8)の投票について陳述したところと同一である。

甲号証の認否として、甲号証はすべて成立を認めると述べた。

被告補助参加人の主張。

(1)の投票について。甲第一号証「尾方弘」と宛名されたはがきが原告尾方勉に配達されているが、これはその住所と綜合して同原告にあてられたものと判断されたものにすぎず、右投票は同原告と広田弘候補者との氏名の混記であり無効である。

(2)の投票について。この投票は候補者「緒方政義」と氏と一致するから、かりに選挙人が「つとむ」と書く意思で「力」と書いたとすれば、原告に投票したものとみられる反面「緒方政義」に投票する意思をもつて名を書き誤まつたものとも推定される。

投票はこれを記載した選挙人の意思を忖度して何人に投票したかを判定すべきことはいうまでもないが、文字自体の客観性を没却してまで判定すべきではない。したがつて右投票は、氏の記載が「緒方」である以上緒方政義の氏と原告の「勉」すなわち「つとむ」の名又は他の候補者「赤池勉」の名を混記したものであつて、候補者の何人を記載したか確認しがたいものとして無効である。

(9)の投票について。これらは候補者高橋勇の氏のうち「ハ」の一字を遺脱したものとの判定さるべきで、原告高島茂の主張は理由がない。

(11)の投票について。これらの投票の第二字目は「カ」とも「ヤ」とも読みうるものであるが、平素文字になじまない無筆に近い人が、右斜線の方向を誤ることは日常稀な事例ではない。したがつて一見「タカマ」と見られるにしても「タヤマ」と判読し候補者田山芳幸に対する投票とするのが相当で、「タカシマ」と書くつもりで「シ」の一字を遺脱したものと云うことは正当ではない。書いてない字を遺脱したものと判断するためには、他に類似の氏名をもつ候補者がない場合に限定すべきである。

理由

昭和三四年四月三〇日施行の熊本県人吉市市議会議員選挙に際し、原告等両名が立候補したこと、右選挙の結果候補者高山秀延が五三六票、原告尾方勉が五三五、七二票、同高島茂が五三二票の各有効票投票を得、高山秀延が最下位当選人と決定されたことは当事者間に争なく、原告尾方勉が同年五月四日同市選挙管理委員会に異議の申立をした結果同年同月六日高山秀延の有効投票は五三五票と決定されたこと、これに対し高山秀延が被告委員会に訴願した結果同年八月二〇日原告尾方勉の有効投票は五三四、七二票と裁決されたことは、被告と同原告との間に争なく、原告高島茂が自己の有効投票の数につき前記市選挙管理委員会に異議の申立をし、ついで被告委員会に訴願した結果同年八月二〇日訴願棄却の裁決をうけたことは被告と同原告との間に争がない。よつて、同原告等が各自自己の有効投票と主張し、候補者高山秀延の無効投票と主張しまたは公職選挙法六八条の二により按分すべき有効投票と主張するものにつき、以下判断する。

(1)  「」と記載された投票(検第二八)について。検証の結果によると右投票は氏の記載は明らかに尾方と認められ、氏は原告尾方勉を指するものとすべきところ、名は「」と記載されて一読すれば「弘」と読むのが相当と認められる。したがつて検証調書添付の第二表により明らかなように前記選挙の候補者「広田弘」の名と一致するから、両候補者の氏名を混記したものと解することも無理からぬことである。しかし、通常、氏は間違いにくいのに反し、名は呼ばれないことがあるしまた間違いやすいことが多いことに徴し、たまたま右選挙の候補者中に「弘」の名を有するものがあつた一事をもつて混記と速断すべきではない。本件においては、成立に争ない甲第一号によると、「尾方弘」と誤つて記載した者があり、かく宛名されたはがきが原告に配達されている事実、同じく甲第二号証の三によると尾方「」と勉の字を誤記した者がありこのはがきが原告に配達されている事実が認められ、これらによりも推認される如く「弘」と「勉」とが字形、字数よりみて軽卒な者には見まちがわれることも容易に考えられることである。人吉市の如き小都会の市議会議員選挙にあつては、選挙人は氏をもつて名よりも重視して投票するものと考えるのが相当であり、且つ、「尾方」の氏と「広田」の氏とは類似性が少いこと並びに、「弘」と「勉」との名が文字の上からみて上記のはがきの例に見る如く間違われやすく誤記されやすく且つ相似性の全く欠除していないことにかんがみ、右投票は原告に対し投票する意思をもつて記載された有効投票と認めるを相当と解する。

(2)  「緒方」と記載された投票(検第一二)について。検第一二によると「」の文字は、字の大きさ、書かれた位置からみて仮名の「カ」ではなく漢字の「力」と読むのが相当で「つとむ」と音読すべきであり、字義において相通する。「緒方」は氏であると認むべきところ、他の候補者中「緒方」の氏を称する者が一名あるがその名は「政義」であつて「つとむ」の名とは全く近似性を有せず、他に「つとむ」と音読される候補者は赤池勉であつて、その氏は尾方の氏と全く相似性がないこと前記第二表によつて明らかである。したがつて「おがたつとむ」と音読される前記投票は、氏において「尾」を「緒」と、名において「勉」を「力」と記載しているけれども、それらはいずれも誤記と認め、原告尾方勉に投票した有効投票と認めるのが相当である。右投票がある程度達筆で書かれていることをもつて右認定を左右することはできない。

(3)  「」と記載された投票(検第一四)について。第一字目は「オ」であり、第二字目は「ガ」と判読されるけれども、第三字目は判読不明である。かりにこれを「タ」と読んでも、第四字目は「ツ」と読むべきか「マ」の誤記と認むべきか不明であつて、その稚拙な文字からみて上の三字を「オガタ」と判読しても第四字目が候補者緒方「政義」の「マ」の誤記と認むべきか候補者原告の「勉」の「ツ」と判読すべきか確認しがたいので、候補者の何人を記載したかを確認し難い無効投票と認むべきである。

(4)  「」「」と記載された投票が存在する旨原告尾方勉は主張するけれども、検証の結果によると、かかる投票は存在しないことが明らかであるから、右投票の存在を前提とする同原告の主張は理由がない。

(5)  「」と記載された投票(検第三一)について。第三字目は「カ」第四字目は「マ」と判読されるが、年三字目の「カ」はたて棒を左上より右下にひくときは「ヤ」となるものであるところ、右投票の文字が稚拙なる点にかんがみ、右投票をした選挙人は文字を書くことに慣れない者の投票と認められ、かかる人は往々「ヤ」と書く意思をもつてたて棒を右上より左下にひくことも容易に推認される。ところで本件選挙者中には「高山秀延」がいたこと前記第二表によつて明らかであるから、右投票は同候補者に投票する意思をもつて第三字目のたて棒を誤つて右上から左下にひいて誤記したものと認めるのが相当であるから「」と記載したものと判読し同候補者に対する有効投と解する。右選挙の候補者中「タカ」の文字を氏に含む者に高山秀延、高島茂、高橋勇があり、また「カマ」なる氏を有する釜門十がいること前記第二表で明らかであるけれども、右候補者四名の氏の混記と解するのは、前記説示に徴し合理性を欠くもので採用することができない。

(6)  「タカナマ」と記載された投票が存在する旨原告尾方勉は主張するけれども、検証の結果によるとかかる投票は存在しないことが明らかであるから、右投票の存在を前提とする同原告の主張は理由がない。

「」と記載された投票について。「タカヤス」と記載された投票の存在しないこと前段と同じであるが、検第三三によると「」と記載された投票が存在する。第四字目は一見すると「ス」とも読まれないこともないが、むしろ「マ」と判読する方が妥当であつて、これは高山秀延候補者に対する有効投票とすべきこと明らかである。

(7)  「」(検第三五)、「」(検第四五)、「」(検第三八)と記載された投票について。これらの投票の上の二字はいずれも「高山」と読むべきこと当然であり、第三字目はいずれもその字の稚拙なるため正確に書かれていないが「様」と記載する意思をもつて書かれたものと判読すべく、敬称の記載として他事記載の無効投票ではなく、候補者高山秀延に対する有効投票である。

「」(検第三七)と記載された投票について。上の二字が「高山」と読まれること明らかにして、第三字目は「重」の字に類似し第四字目はにわかに判読し難いが、下の二字は字形からみて上の二字と相関連して一読するときは、候補者「高山秀延」と記載する意思をもつて、文字に馴れない者が稚拙な手で秀延と書くべきところを正確に記載しえなかつたものと判定するを相当とする。したがつて前記高山秀延の有効投票と認むるを相当とする。

「」(検第四一)と記載された投票について。下の字が山の字であること明らかにして、上の字は正確ではないがその稚拙なる文字と候補者にして氏を高山を称する者があるところから「高」と判読するのが当然であつて、候補者高山秀延に対する有効投票と認定すべきこというまでもない。

「」(検第四三)と記載された投票について。第一字目が「ヌ」と読まれるのに反し「タ」とはにわかに判読しがたいが、下の三字が「カヤマ」と記載されていること、「ヌ」と「タ」はにわかに文字を習い又は文字に馴れない者にはまちがわれやすいこと並びに候補者高山秀延がいたこと等に徴し第一字目を「タ」の誤記と認めるのが相当である。したがつて同候補者に投票する意思をもつて記載された同人の有効投票と判読すべきである。

(8)  「」(検第一〇)と記載された投票について。右投票は投票用紙を逆にして記載されていて、極めて稚拙、文字全体がほとんど文字の態をなさない位のもので、文盲者が文字にごく不馴れな者の投票と認められる。このことを念頭におき、候補者中氏を高島と称する者があり他の候補者の氏名と関連させて右投票を検討するときは、第一字目は「タ」の、第三字目は「シ」の第四字目は「マ」の誤記と認めるのが相当である。したがつて「タカシマ」と判読するのが合理的で投票者の意思も「タカシマ」と記載するつもりでかく誤記載したと認められ、原告高島茂に対する有効投票と認定するを相当とする。

(9)  「」(検第三)、「」(検第四)、「」(検第八)、「」(検第五)と記載された投票について。右四票がいずれも「タカシ」と判読すべきこと明らかである。しかるに本選挙の候補者中「タカシ」を、氏又は名において称する者は存しない。したがつて右四票はいずれかの字を誤つて遺脱したと認められるところ、候補者中高橋勇なる者と原告高島茂がいたことに徴し、前者に投票するつもりであつたならば第三字目の「ハ」を遺脱し、後者に投票するつもりであつたならば「マ」を遺脱したものと認められる。この場合いずれの字を遺脱したかを認定するに足る資料は存しない。個々の文字の位置からみれば、検第三、検第四、検第五の投票は三字がつまつて書かれていることが窺われ、検第八は上の二字と下の一字との間に一字を挿入するに足る間隔がある。したがつてこの観点だけから判定すれば前三者は「タカシマ」と記載するつもりで「マ」を遺脱し、後者は「ハ」を遺脱したと考えられないことはないが、しかし、「タカハシ」もこれをつめて発音すれば「タカアシ」「タカーシ」「タカシ」となり、文字に書けば「タカシ」と一気に誤記する可能性もなきことを保し難い。したがつて個々の文字の位置のみから前記のように判読することは相当でなく、結局候補者の何人を記載したか確認し難いものとして無効投票と断定せねばならない。

右投票につき原告高島茂は、公職選挙法六八条の二の規定により同原告と候補者高橋勇とに按分して有効投票とすべきであると主張するけれども、右規定は、候補者の何人かに投票したかが、氏名、氏または名の記載によつて明らかな場合、同一の氏名、氏または名を称するためその複数の候補者中のいずれに投票したか判定しがたい場合に処するもので、上記の如く氏名、氏または名において既に何人を記載したか確認し難い投票にまで拡張適用すべきものではない。しかく解しないときは、誤記又は遺脱の字を適宜選択挿入することによつて多数の判読可能の候補者を生じ、迅速な当選者の決定は極めて困難になるからであり、前記六八条の二は六八条七号の例外規定と解するのが相当だからである。

(10)  「」(検第六)と記載された投票について。第二字目は「ン」と第三字目は稚拙なる文字であることに徴し「マ」と判読しうる。第二字目が「シ」と書くつもりで「ン」と記載し、且つ、第二字目に書くべき「カ」の字を遺脱したとすれば原告高島茂の「タカシマ」と判読すべきこととなるが、候補者中に田山芳幸なる者がおることに徴し、右投票は第二字目を「ヤ」と記載する意思で「ン」と誤記したとすれば「タヤマ」と判読されることとなり、無理にこれを有効投票と解しようとすれば原告「タカシマ」と判読することよりも「タヤマ」と判読する方がより合理的である。したがつてこれを原告高島茂に対する有効投票と解することはできない。

(11)  「」(検第一六)、「」(検第一八)、「」(検第二〇)、「」(検第二二)、「」(検第二三)、「」(検第二五)と記載された投票について右六票は第一字目はいずれも「タ」と読むこと明らかであり、第三字目もほゞ「マ」と判読しうること容易である。唯第二字目が「ヤ」と読まれないこともないが「カ」と読むのがより順当であるけれども、「ヤ」が「カ」と誤記されやすいこと、候補者中「タヤマ」と呼ばれる田山芳幸候補者がいたことに徴し、右六票をすべて同候補者への有効投票と解するのが相当であることは、(5)の投票(検第三一)の際説示したとおりであり、これらを「タカマ」と読み第三字目に「シ」の字を遺脱したものとして「タカシマ」と判読することは極めて不合理であつて、この点に関する原告高島茂の主張は採用しがたい。また右六票をすべて「タカマ」と読み、原告と候補者田山芳幸に対する有効投票と解し、前記法六八条の二の規定を適用すべしとする主張の採るべからざることは、(9)の投票の判定に説示したとおりである。

以上の次第で原告尾方勉の有効投票は前記(1)及び(2)の有効投票を加え五三六、七二票となり、最下位当選人とされた高山秀延の有効投票五三五票より多いこととなり同原告が最下位当選人であること明らかである。したがつて同原告の有効投票(1)及び(2)につきこれを無効と認め同原告の訴願を棄却した被告の主文第一項の裁決は取消を免かれず同原告の請求は認容すべきである。原告高島茂の有効投票は(8)の投票(検第一〇)を有効と判定するから五三三票となるが、同原告が最下位当選人となることもないから、同原告の訴願を棄却した被告の裁決は結局相当であり、これが取消を求める同原告の請求は棄却すべきである。よつて民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 中園原一 中村平四郎 亀川清)

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